| 夢を見た。見てはいけない夢だった。 椅子の周りをぐるぐる回る。彼と僕で、一個の椅子の周囲を、飽きもせずに。流れる歌は聞いた事もなく、彼は俯き加減で歩みを進め、太陽は雲に隠されていた。僕達が暮らすいつもの部屋だったが、どこか寂しいような冷たいような感じがした。 ああそうだこれは椅子取りゲーム。音楽が止まるまで終わらない。 「僕には要らない」 彼は言う。空に視線を向け、空に言う。 誰か、誰かいるのならば、この音楽を止めて下さい。そうしたら僕は今すぐに彼を抱き締めてやる事が出来るのに。 音楽に耳はないし、心もない。非情、しかし当たり前に音楽は止むことをせず、静かに流れ続けた。だから僕達も、従ってぐるぐる回り続けた。 契約書を放り出して外へ出た。きっと彼は僕と同じ言葉は言わない。言ったとしても本心じゃない。僅かに突出した棘に気付かないほど、僕は愚かではない。 階段を降りた先には、少女がうずくまっていた。お下げの少女だ。その横に佇み、廃れた町を見渡す。向かいのバス停なんかは、錆びている上、今にも倒れそうだ。もうバスなんか通りはしないのだから、撤去してしまえばいいのに。 少女の脇を通り過ぎようとした時、蚊の鳴くような声で引き止められた。膝を抱えてうずくまる少女が、少しだけ顔をあげて僕に手渡す。 「あげる」 それは少女と同じくらいの、いやそれより大きいポインセチアの花束。 「……ありがとうございます」 ちょっとばかり不服そうな顔の少女を見てから、降りてきたばかりの階段を上った。彼に見せたらなんと言うだろう。この真っ赤な花束を差し出したら、驚くだろうか、怒るだろうか。きっと彼は笑わない。 玄関に飛び込んで、ゴミ箱の前に佇む彼の元へ。向かい合って差し出した花束に、彼は言う。 「……何が望み?」 顔を上げて僕を見つめる彼は、今にも泣きそうな顔をしていた。 「……何に対しての祝福?」 うずくまって耳を塞ぐ。今の彼は、触れたら壊れてしまいそうだ。脆くて儚くて、だからこそ恐ろしい。ああ、どうしてこうなってしまったのだろう。今頃きっと、契約書はバラバラにされてゴミ箱の中。 落下したポインセチアが僕と彼の間に境界線を作った。繋ぐどころか線を引いたのだ。彼は僕の上から言葉を投げかける。 「愛してよ」 「本当は寂しいんだよ」 「ねぇ、君の声が聞きたいな」 聞こえない。聞こえない。 あの音楽も、彼の声も、僕の声も、何一つ聞こえないふりして閉じこもった。 「さぁ、このゲームを終えようか」 彼に肩を押されて、気付けば僕は椅子に座っていた。 いつしか鳴り止んだ音楽。いつの間に止まったのだろう。耳鳴りと頭痛が酷い。ポインセチアの思い出は、そんなに悪いものだったのだろうか。そして、僕が椅子に座っていいのだろうか。そもそも椅子ゲームの意義すらわかっていない。何の為の、何になるのかすら。発案者である目の前の彼に問いたい。 しかしまたもや彼に、今度は耳を塞がれてしまった。聴覚が奪われ、耳鳴りが鮮明に聞こえてきた。 「もうすこしだけ僕が歌って」 「もうすこしだけゲームを続けて」 「そのすこしの間に君を椅子から突き落とそうか」 唇の動きが止まり、耳を塞いでいた彼の冷たい手が離れていった。珍しく彼がにこやかに笑っているものだから、つい聞こうとすると、察した彼が僕より先に口を開いた。 「なんでもない、気にしないで。 僕の事は、忘れてね」 彼は僕に喋る隙を与えない。 「またいつの日か、会えるときまで」 間は与えてくれるのに、喋らせてはくれない。 「その時はもっと、遊んでよね」 どうして耳を塞いでくれない。 「一つだけ」 「きみとはいられない」 「さようなら」 僕が一番聞きたくない言葉を、彼は僕に聞かせる。 目を開ければ黒い服を着て佇む僕と、真向かいにポインセチアが供えられた石があった。また、だ。椅子に座った僕は、横たわった君を、もうとっくに見送ったというのに。 『椅子に座る君に幸せを』 そうだ、あれは夢。脆く儚い、僕の夢。 end. 花言葉:ポインセチア 題材曲:恋人のランジェ/ハチ タイトルは四字熟語の「夢幻泡影」から。 椅子の件は葬式での場所。横たわる=死人、椅子=参列者、って感じです。 雲雀のセリフは反転させるとでてきます。 ※「1925」以降試験的にレイアウトを変えています。 |