| 残り四日 「予算が足りない……」 雲雀は電卓を片手に、雑誌を見ては悩んでいました。 心なしか、イライラしたようにも少々焦っているようにも見えます。 「何がですか?」 骸が首を傾げて問いますが、雲雀は骸の方をチラと見るだけで何も話してはくれませんでした。 残り三日 「こんなのどこに売ってるの……」 まだ雑誌を片手に悩んでいる雲雀。溜め息ばかりついています。 「見せて下さい」 「だめ。あっちいって」 そう何度か言ってみるものの、雲雀は頑なに教えてくれません。 そして雑誌が見えるからという理由で、隣に座る事さえも許してくれませんでした。 残り二日 「骸、リボン結びってどうやるの。やって見せて」 ピンクのリボンを片手に、雲雀が骸に言いました。今日は見ては悩んでいたあの雑誌も無く、何日か振りに骸は雲雀の隣に座っています。 「どこにですか?」 「じゃあここ。緩く結んでね」 そう言って雲雀は自らの手首を指差し、骸から視線を外すのでした。 残り一日 今日は昇降口で雲雀と会いました。なにやら下駄箱の周りに積まれた箱を袋に詰めています。 骸も並中に来る前、雲雀と同じ事をしてきました。 「こんにちは、雲雀くん」 そういうと雲雀は骸が片手にぶら下げている同じような袋を見て、怪訝そうな顔をしています。 「……明日も僕、応接室にいるから」 身を翻して去っていく雲雀。 折角並中に来たのに、無駄足になってしまいました。 いつまでもここにいる訳にはいかないので、また明日来ましょう、と仕方なしに骸もその場から立ち去るのでした。 ――二月十四日。 応接室に入ってみるも、中はもぬけの空で、そこに雲雀くんの姿は無かった。通りでノックしても返事が無かった訳だ。 取り敢えずソファに座り、雲雀くんを待つ事にする。いつもは何も置いてない机上に、綺麗にラッピングされた箱が幾つも積み重なっていた。恐らく昨日、雲雀くんが袋に詰めていた物だろう。 中身は多分チョコレート。 バレンタインは今日だと言うのに。 僕も日本の菓子メーカー達の陰謀に上手く乗せられてしまったな、とつくづく思う。今日持って来た荷物は机上に積まれた物と目的も見かけも中身も大して変わらない箱。黒の包装紙に赤い薔薇のようなリボンがついている。中身はもちろん、チョコレートだ。 机上にあった箱を一つ手に取り、外観を確認してから開けてみる。中にはメッセージカードと恐らく手作りあろうチョコレート。カードには告白とも取れる内容が書いてあった。 なんだか心に黒いわだかまりができた気がした。今更遅いが、見るんじゃなかった。箱をきちんと元に戻す気にもなれないまま、机上に戻す。 手作りじゃない分、彼女達のより負けている気がするが、それでも雲雀くんの口に合うように精一杯時間をかけて選んだつもりだ。それに、気持ちは負けない。負ける訳が無い。 「なんだ、来てたの」 一人悶々と考え事をしていると、いつの間にか雲雀くんがいた。 大きな袋を引きずり後ろ手でドアを閉め「ドア開けたままにしないで」と文句を言いながらも僕の隣に腰掛ける。 「はいこれ、チョコレートです」 言われた文句を聞き流し、雲雀くんの方へ向き直る。透かさず両手でチョコレートの入った箱を差し出した。 「……貰っておくよ」 素っ気なく受け取る雲雀くん。貰ってくれるだけ有り難い。袋の中に入れられるのを覚悟していたが、雲雀くんは自分の膝の上に箱を置いた。 貰ってくれた上に特別扱いしてくれるなんて……普段の雲雀くんとはまるで別人のようだ。 雲雀くんは暫く僕があげた箱をまじまじと見てから、積み重ねたチョコレートへと視線を向けた。一つだけ開いている箱を見ている。先程雲雀くんが来る前に僕が勝手に開けた物だ。 「……食べても良かったのに。君、チョコレート好きなんでしょ?」 あげた側の気持ちもまるで理解していないような、何の感情も無いままにそう告げ「あげるよ、これ」と雲雀くんは引き摺っていた袋を持ち上げて、僕の膝上へとそれを乗せた。 雲雀くんが引き摺っていただけあり、重い。確かにこれを昇降口から応接室まで運ぶには引き摺る他無いだろう。 「あの……」 「僕から貰おうなんて、期待するだけ損だと思うよ」 ふと、どうでもいい事を言いかけた時に僕の言葉を遮った雲雀くんの言葉。 いきなりこんな事を言うなんて、何か隠し事があるはずだ。雲雀くんがちっとも素直じゃないのは分かっている。 膝に乗った袋を漁り、一つ一つ取り出して確認しては机へと置く。いったい幾つあるのか疑う程、かなりの数があった。 不意に目に止まった一つの箱。どこかで見た事があるような気がする。 その箱だけを残し、他の箱を全部袋へと戻してからかなりの重量があるそれをソファの端へと追いやった。膝にかかっていた圧力が綺麗さっぱり無くなり、思わず一息吐く。 見覚えのある箱をしげしげと見つめてから、箱を開けてみる事にした。十字に巻かれたピンクのリボンを解き、静かに蓋を開ける。 まず目に飛び込んできたのは達筆な文字で「骸へ」と書かれた白いメッセージカード。 「これ何でしょうね」 わざとらしく雲雀くんに見せ付けながら聞いた。カードをチラリと見て、顔を背けてしまう。 雲雀くんの字なのは間違いない。 見覚えがあると思った箱も、よく考えれば、このピンクのリボンは一昨日雲雀くんが手首にリボン結びをして、と頼んできたあのリボンと同じだ。 これで四日前から続いていた不可解な行動も辻褄が合う。雲雀くんはバレンタイン用のチョコを作るのに必死だったのか。 「……君宛てのやつが間違って入ってたんでしょ」 苦し紛れな言い訳をする雲雀くん。 うっすら赤く、頬が色付いているのが見て取れる。どうやら照れているようだ。 メッセージカードの下にあったチョコレート。ココアパウダーがかかっている四角形の物で、形が少しばかり歪だ。雲雀くんが一人で一生懸命に作っている所を想像すると、何だか微笑ましい。 一つチョコを口に運び、ゆっくり噛むと、予想通り柔らかい。舌に広がる甘い味。パヴェ・オ・ショコラ、いわゆる生チョコだ。 たっぷり味わったあと、名残惜しくも液体になったそれを飲み込む。 「おっちょこちょいですね、間違うなんて――そうでしょう、雲雀くん」 大人しい雲雀くんの唇に自分のそれを押し付けた。此処最近、雲雀くんがチョコ関係で行動がおかしかった事もあり、久しくこういう事はしていなかった。 出来なかった分を埋めるように、角度を変えて何回も口付ける。いつしか理性の箍が外れ、本能のままに舌を絡めた。 その内、欲求が満たされると漸く理性が戻ってきた。雲雀くんを離し、唾液に濡れた自らの唇を拭う。 「……勘違い、しないでよ。チョコの味がするからしてあげてるだけだからね」 ああ、なんて甘い幸せ。 紅潮した顔で苦し紛れな言い訳をする雲雀くんを抱き締め、愛の言葉を囁いた。 Be my Valentine. (僕のバレンタインになって下さい) I'd love to. (喜んで) end. チョコレートが好きな骸にとって幸せな日ですよね。 雲雀は料理が下手でも上手でもどちらでもいけると思います。 |