布団から手を出すと丸めたティッシュに触れる、そんな生活はいつの間にか終わっていた。それを僕は悲しく思う。
 以前は目も開かぬままに、布団から手だけを出して辺りを探ろうとすると、絶対ゴミを捕まえた。それを寝ぼけたまま引き寄せ、布団の隙間から差し込む朝日で確認すると、三分の二はティッシュで、三分一はゴムの袋だった。
 ある時骸は、精液を拭いたティッシュやらゴムの袋やらが散らばっているのは汚い、という理由で、ゴミ箱をベッドのそばに置いた。しかしそれも気に入らなかったのか、またある時ゴミ箱は部屋の片隅に追いやられていた。意識して見ていると、骸はセックスが終わり後戯も済んだ後、堂々とゴミを捨てていた。僕は、毎朝ゴミを掴んだって構いやしないのに、と天井を見ながらぼんやり考えた。
 朝起きてゴミを掴んで確認するという作業は割と好きだ。骸とセックスしたのは夢なんかじゃない、と実感出来るから。
 前に骸は言っていた、ここにいる自分は“ゆうげんかく”だと。正直僕は考えるのが面倒で、簡潔に話してと頼むと、骸は苦笑しながら言い直す。つまり、本当は僕はここにいないんですよ、と。
 そんなの知ってる。僕は考えるのが面倒なんじゃなくて、骸が本当はここにはいないんだって思うのが嫌だっただけだ。
 セックスは好きだ。月明かりだけが差し込む薄暗い部屋も、ベッドの軋む音も、ゴムの袋を歯で破く感覚も、骸のイく時の声も、鼻につく精液の臭いも、二人で裸で潜るベッドの暖かさも、大好きだ。
 ゴミ箱にゴミが入れられるのは悲しい。セックスした痕跡をゴミにされるのが悲しい。骸はいないけど確かにいた証拠が捨てられるのは、本当に悲しい。
 だから僕は、朝ゴミを掴むような生活の方がうんと好きなんだ。
 
「君は僕の手を握っていて下さい」
 
 いつの間にか目覚めたらしい骸は、僕を腕の中に閉じ込めて、指と指とを半ば確かめるように絡めた。きゅ、きゅ、と繰り返し握られる周期的な動きが心地いい。
 肯定を返し、骸の肌の暖かさに頬を擦り寄せた。骸の肌はすべすべだ。
 
「でももう起きないと」
「今日は薬局に行く約束でしたからね」
 
 僕の額に一つキスを落とすと、骸は名残惜しそうにベッドから出て行った。寒い寒いと言って、無造作に脱ぎ捨てられていたジーンズに足を通している。その背中に、爪の食い込んだ赤い跡が無数にあるのを見付けて、反射的に目を背けた。あれは僕が昨夜付けた傷、落ちそうかつ飛びそうになった時、必死にしがみついた跡。
 ベッドの下に脱ぎ捨てられていた下着とパジャマを手探りで取った。布団の中で四苦八苦して着替える。
 
「前後反対ですよ」
 
 ベッドから出たら骸に笑われて、急いで直した。
 
 それから二人で軽い朝食を取って、各々支度を済ませ、今玄関の鍵を閉めた所だ。
 春一番が吹き付ける中、並んで歩く。骸は道路の白線を踏んで歩く僕の手を取る。じんと伝わってくる暖かさに、思わず顔が綻んでしまい、慌ててマフラーを引っ張り上げて隠した。多分、気付かれたと思う。骸と僕の手が解け、代わりに腰を引かれた。
 
「かわいい」
 
 聞こえていない振りをしたし、骸も聞こえてないと思っているだろう。しかし僕の顔を確実に赤く染めるその四文字は、聞き逃すことなくはっきりと耳に届いたのである。羞恥心と激しい熱情を伴って。
 意識が骸に集中している内に、目的のドラッグストアに着いてしまった。
 店内に入る間際、ごく自然に腰を引き寄せていた手が離れていって、それと反対の手でカゴを掴んでいるのを確認した。店員の義務的な挨拶が聞こえてくる中、ふと人前では恋人面できない事を再確認した。
 
「歯磨き粉と、あとトイレットペーパーでしたっけ?」
 
 ぼおっと空を見て上の空で返す。
 
「聞いてます?」
「うん」
「聞いてませんよね?」
「うん」
 
 盛大な溜め息を吐いた骸が、僕の手を引っ張って歩き出した。
 すたすた歩いては立ち止まり歯磨き粉をカゴに放り込んで、またすたすた歩いては立ち止まりトイレットペーパーを僕に持たせて、またすたすた歩き出す。
 そして避妊具が並べられている一角で骸はまた立ち止まった。そういえば、と吟味し始めたから、きっと昨日でゴムがなくなったのだろう。
 
「これじゃダメなの?」
「それ、ちょっとキツいんですよね。やっぱりいつものじゃないと……」
「へぇ。大変だね」
「そうなると今夜は出来ませんね」
 
 ふぅん、セックス、出来ないんだ。
 わかったけれど、意地悪をした。棚を挟んで向こう側に店員がいるのをわかってて、質問した。
 
「何が出来ないの?」
 
 骸は答えなかったし、はぐらかそうともしなかった。ただ静かに俯き加減な僕の目を見つめていた。
 何故だろう、咎められているような気分になって、視線を逸らす。
 
「こんなのなくても平気だよ。どうせ子供なんか出来やしないんだから」
 
 避妊具、妊娠を避ける道具だから避妊具。もとより妊娠なんてしない僕が相手では付ける意味も意義もないのだ。なのに、骸は絶対つける。あたかも僕が女の子であるようにいたわったりして、つける。
 悲しい、袋を開けた時点でゴミだ。挿入の対象が僕ならば、避妊具という本来の目的を果たせていないわけだし、もしかしたら、買った時点でゴミなのかもしれない。
 それに、セックス自体、僕らの間においては意味のない行為だ。本能的な子孫を残すという役割とは、かけ離れた理由で僕たちはセックスする。愛という曖昧模糊なもののために。
 それならば、僕たちの行っているセックスもゴミ同等なのだろうか。
 
「泣きそう」
「どうしてですか?」
「わかんないよ」
 
 悔しいのか悲しいのか、わからない。
 骸はカゴを置いて、迷子の子供をあやすように、しゃがんで僕の両手を握った。そして真下から僕の顔を覗き込んでくる。
 
「泣かないで下さい」
「うん」
「僕も悲しいです」
「ごめん」
「何か言いたいんでしょう?」
「うん、あのね」
「はい」
「うんとね」
「はい」
「セックス、しよう」
「ええ」
「帰ったら、沢山しよう」
「はい」
 
 ぎゅっと、抱き締めてくれた。
 人目をはばからず、抱き締めてくれた。
 店員に会話を聞かれていただろうか。もうどこか別の場所に移動しただろうか。向こうが僕らの事を知る由もないように、僕らも向こうの事は知る由もない。
 
 さてさて。手を繋いだまま会計を終え、帰路に着いた。真顔でぶんぶん繋いだ手を振って大股で歩いて帰った。
 帰ったら荷物を置いて、玄関で立ったままキスして、ベッドでセックスした。骸はいつもの三割増しで愛してると言ってくれた。そして思った。
 ゴミは骸とセックスした証。子供を作るだけがセックスじゃない。避妊具は僕の体を気遣っているからこそ、つけてる。
 つまり、だ。愛をどうにかするためにセックスして、僕のお腹が痛くならないようにゴムつけて、それで出たゴミは愛し合った証拠なんだ、と。ああなんて素晴らしいんだろう。
 そしてまた思う。ゴミ箱、こっちに引き寄せておこうかなぁ、って。
 
end.
 
楽しく書けました。タイトルを考えてくれたよしなちゃんに感謝!
なんでセックスの婉曲表現が愛し合うなんだろう、っていう思いと、そういやセックスセックス言ってるけどゴムについては触れたことないな、という思いから執筆しました。ゴミ箱は愛溜めなんです。
※「1925」以降試験的にレイアウトを変えています。