漸く春らしくなってきた暖かい日の午前十一時。二人は屋上でサボリともとれる日光浴をしていた。
 フェンスの強度を確認したいが為に、耳障りな音を立ててフェンスを揺らした。振り向けば、雲雀がしかめ面をしているのが目に入る。フェンスを揺らすのは止めて、さっさとよじ登った。校庭を見下ろす形でフェンスの上に座ると、吹き付ける柔らかな風が骸の髪を揺らして遊ぶ。
 雲雀は目立った行動を起こす訳でもなく、ただ骸の近くのフェンスに寄りかかっていた。手にはコーヒー牛乳のパック。付属のストローを使わずにがぶ飲みしている。飲み終わると口を袖で拭ってから溜め息をついた。

「よく分かんない」
 骸が振り向くと、雲雀はフェンスに身を沈めるようしてに全身を預けている。
 雲雀を見ている骸を見上げるような形で雲雀は真上に顔を向けた。太陽の光が眩しいようで目を細めていた。
「愛と恋の違い」
 向き直って骸も空を仰ぐ。
 お日様が眩しい。
「分かりませんねぇ」
 足を前後に揺らすと、フェンスに踵が何度もぶつかる。その度にフェンスが軋んだ。

「僕は幸せなのかな」
「分かりません」
 適当に答えると、背中に何か固い物が投げつけられた。振り向くと、雲雀が飲んでいたコーヒー牛乳のパックが転がっている。
 パックに気を取られていると、今度は背中を物凄い勢いで引っ張られた。勿論、不意打ちの引力に逆らう事など出来るわけもない。
 視界がぐるりと回り、空が見えた。そして拗ねた顔で仁王立ちをしている雲雀が逆さまに映る。

「ねぇ、聞いてるの?」

 咄嗟に曲げた足のお陰で落ちる事も頭をぶつける事も無かった。蝙蝠のような無様な格好でフェンスにぶら下がる。シャツと制服が捲れて腹部が寒い。
 どう答えれば彼は納得するのだろうか。嘘をついてまで肯定して欲しいのか。それとも不確かな物に明確な答えが欲しいのか。そんな事、彼が一番嫌っているはずなのに。
 悔しがる雲雀を前に骸は笑ってみせた。
「さぁ」
「……今分かった。僕は不幸だ」
 骸に背を向ける雲雀。
 急いで腹筋に力を入れて体を起こす。そしてフェンスから飛び降りると離れていく雲雀の背中を追いかけた。
「きょーやー」
「何なの君は。何で僕は君なんかに振り回されてるの」
 どちらかと言うと、振り回されているのは自分の方だ、と骸は密かに苦笑した。
 名前を呼んでも雲雀は一向に速度を落とす気配を見せず、屋上の隅へ歩いていく。小走りで追い付いて腕を掴むと、雲雀は咎めるように「ねぇ、」と繰り返した。
「分かりませんよ」
 痺れを切らした雲雀に骸は突き飛ばされた。屋上のコンクリートの床に倒れ込むと、雲雀が骸に馬乗りになる。
 そのまま何をするわけでもなく、雲雀は骸の肩を床に押さえつけている。ただその雲雀の頬にうっすらと赤が差していたのを、骸は見逃さなかった。
「欲求不満なんですか」
「……そう、僕は愛に飢えてるの。足りないんだよ」
 シャツの釦を第三釦まで開けると、雲雀の白い肌が日光に晒される。指の腹でゆっくり肌をなぞると、くすぐったさに身を捩った。
 背中に手を回し、雲雀を引き寄せる骸。誘われるが儘にその鎖骨にキスをすると、雲雀の体がぴくりと反応する。嫌がる雲雀に抗うようにして噛み付いた。

 口を離すと噛み付いた痕が傷になってくっきりと残っている。
「愛の印です」
「いつもつけてるでしょ」
「今日のこれはちょっと特別なんです」
 だって、今日のは傷ですから、と一言添えると、雲雀は眉間に皺を寄せた。予想通りの反応に骸がほくそ笑む。
 雲雀さえ覚えていれば、この傷は一生残る。消えない傷――独占欲に溺れた、不確かな愛の傷。

「あげますよ、くれてやります」
 左肩を押さえる雲雀の右手をそっと掴む。力が緩んだ隙に指と指とを絡めると、まだ押さえていた左手を掴んで上半身を起こした。
 今日は腹筋ばっかり使っている。明日は筋肉痛だろう。
 絡めた指はそのままに、掴んでいた手を離した。未だに吃驚した顔をしている雲雀の頬を優しく包む。
「僕の全部を、恭弥に」
「……うん、ちょうだい」
 そう言うと、雲雀は縋るようにしがみついた。偶に見せるその表情が骸は堪らなく好きだった。
 胸が甘く痛むような気持ちを紛らわすように強く雲雀を抱き締める。この思いがばれないようにと雲雀の顔を胸元に押し付けた。

「あ、でもそれじゃあ僕の愛が大きすぎて雲雀くんが大変になっちゃうので、僕の腕くらいあげます」
 小さな黄色い鳥がどこからともなく飛んできて、雲雀の回りを旋回している。確か黒曜での一件のあと、バーズから雲雀に懐いた鳥だ。名前はヒバードと言ったか。
 雲雀が骸の腕の中から指を差し出すと、小鳥はそこへ素直に止まった。小鳥に笑いかける雲雀、小鳥は「ヒバリ、ヒバリ」と繰り返す。
 なかなかいい声で鳴く鳥だ。
「腕だって、変なの」
 雲雀がそう小鳥に話しかけると、止まっていた指から離れて、今度は骸の肩に止まった。
 緩やかな風に遊ばれる骸の毛先を一生懸命つついている。
「ヘン、ムクロ、ヘン」
 疳高い声で最後にそう言い残し、小鳥はどこかへ去っていく。
 何だか悪口を言われたような気分だ。

「なんで腕?」
「分かりません」
 自らの体に巻き付く骸の腕を撫でながら雲雀は問う。その問いに、骸は先程からの決まり文句で返す。
「そのまえに、腕取れるの?」
「分かりません」
「骸の愛はどれくらい大きいの?」
「分かりません」
 ただ先程と違うのは、あんなに不機嫌だった雲雀の表情が、どこか楽しげに笑っている事だった。
「ねぇ、聞いてる?」
「さぁ」

 唇に軽くキスをすると、雲雀は一瞬驚いたような表情をしたが、それも直ぐに何かを見透かしたような笑みに変わる。
「今分かった。やっぱり僕は幸せだ」
「ええ、そうですね」

end.

クーデレな雲雀が好きです。
ツンデレも素直クールも誘い受けも襲い受けもとにかく雲雀ならなんでも好きです。