| 合図なんて物は、幾らでも出来る。 それは無意識にしてしまう程、簡単に。 「んっ……は、ぁ」 「……っ、恭弥」 毛の長い触り心地のいい白い絨毯は僕が好んで購入した物だ。でも僕は伸ばした骸の足の上、丁度太腿辺りに跨り、手は骸の背中に回していた。だから、絨毯の感触なんて分からない。それに、今はその感触もいらない。骸と交わす口付けは、他の何にも代え難い程、本能的に気持ちが良いと感じる物で。意地やらプライドやらが絡み、素直にうん、そうだね、とは認めたくないが、キスが上手いというのは認めざるを得ない。 深く長い口付けから解放され、酸素を求める身体に従って空気を吸い込む。今日は偉く長かった気がするが、最早どうでもいい。息を整えていると、その場の雰囲気からか、そっと抱き寄せられる。だが、ほぼ無意識に、というよりは反射的に腕は動き、思考とは正反対の事ばかりしてしまう。骸を遠ざけるように、将又押し退けるように突っ張る腕が憎い。本当は身体中で触れていたいのに。掌だけ骸に触れているだけじゃ、ちっとも足りないのに。 「愛してますよ」 ああ、何時からこんな醜い感情を抱くようになったのだろう。元より何かに対して貪欲だった僕が、恋愛感情にまでも貪欲になったのは、骸と恋仲になってからだ。恋仲、つまり互いの想いが通じ合った時。 ……確か告白は骸からだった。 それに僕は何て応えたんだっけ。好きとか僕もだよ、とか、そういう類の言葉を口にした覚えはない。というより、生まれてこの方、愛してるは疎か、好きとさえも言った事がないような気もする。 自分が素直じゃないのは、自分が一番良く分かっている。そしてこのままいけば骸に愛想を尽かされてしまうかもしれないという危機感を一番感じているのも僕だ。 「む、くろ……」 突っ張っていた腕の力を抜くと、骸は待ち構えていたように僕の頭を抱き寄せた。骸の胸に当てた耳からは、シャツを隔てて一定のリズムで刻まれる鼓動が絶え間なく聞こえてくる。繰り返し頭を撫でる手が心地良い。 今なら雰囲気に任せて言えるかもしれない。骸の胸に顔面を押し付け、背中に回していた手を縮こめるように自分の身体の前に落ち着けた。適当に骸のシャツを掴んでおく。 震える唇で必死に紡いだ言葉は。 「……す、き」 「へ? 何か言いました?」 骸には、届かなかった。 不思議と肩を落とすような感情は産まれなかった。寧ろ、届かなくて良かったんじゃないか。ああそれとも、本当は伝える気さえ脳内には無かったのかもしれない。なんて感情ばかりが広がっていた。そう思うのが素直じゃない、と言うのも分かっている。 だって今、きっと僕の顔は真っ赤だ。 あんな風に顔を骸に押し付けていたら聞こえないと知っていた。だからやはり僕は言う気はあったとしても、伝える気は更々無かったんじゃないか。 それなのに。意図も簡単に聞き返した骸に多少なり苛々した。僕が悪いのだけれど。 「な、何をしてるんですか……!」 「うるさい。何も言ってないし何もしてないよ、ばか骸。ばぁかばぁか」 骸の着ているシャツのボタンを第四ボタンまで外し、裾から潜るようにして広く開いた胸元から顔を出した。骸の浮き出た鎖骨を撫でてみる。骸の肌は白い。白人だから当たり前かも知れないが、日に当たった事のないようなその肌の白さが好きだ。 キス、したい。そんな衝動に駆られて、何時しか骸の鎖骨に幾つもの赤く色付いた痕を残していた。衝動に任せ、無意識に動く自分が獣のようにも思えた。 「……好きって、なんだろ」 先程と同じように骸の肌に顔を押し付け、小声で呟く。 骸の事は、好き。人間的には、多分嫌い。恋愛的には好き。友好的には、多分嫌い。同性同士でありながら、どうして友人という一線を飛び越え、恋人なんて関係になってしまったんだろう。踏みとどまる事も多分出来たのに、……出来たのかな? 僕達はきっと、手順を間違えた。顔見知りから友人に成り上がる事なく、恋愛対象として見てしまっていた。だから人間的には嫌いな筈なのに恋愛的には好きなんだ。 「僕の事、嫌いなんですか……?」 狼狽えたような、しどろもどろな声が直ぐ上から聞こえてくる。 そんな事は言ってない、と手短に応えると、骸は安堵にも似た溜め息を吐いた。今、友達からやり直そうか、なんて言ったら骸はどんなリアクションをするだろう。 「恭弥に好きって言われた事ありませんので……杞憂に終わって良かったです」 その発言にはまだ、杞憂に終わってない点が一ヶ所あるのだけれど。それは突かれたら痛い点だから何も知らない振りをした。どうか骸が気付きませんように。 所が予想と祈りに反して、骸は発言した直後にあの嫌みな笑い方を交えて続けた。 「ねぇ、好きって言って下さいよ」 「ばっかじゃないの」 骸の要望を軽くあしらい、狭苦しいシャツの中でどうにか前を向こうと身を捩る。少々強引に動き、漸く骸に背を向ける形になった。ボタンが閉まっていない部分のシャツを掴み、一気に左右に引っ張るとボタンが弾け飛ぶ。これで僕等を縛り付ける物は無くなったが、後ろからは骸の溜め息が聞こえてくる。骸のシャツを破く、或いはボタンを毟ったのは、これで何回目だろう。一々記憶していない。 「請い求めた僕が馬鹿でした。恭弥は言葉より態度で表すタイプなんですよね」 きっと友達、なんかじゃなくて良かったのかもしれない。恋人じゃなかったら、こうして抱き締め合う事も、キスも、それ以上の事も出来ないから。 無駄な考えだったな、と頭の中を白紙に戻す。僕のシャツのボタンは弾け飛ぶ事なく骸の手により一つ一つ丁寧に外されていく。後は早々に理性を手放し、本能と衝動に任せて、獣に成り下がるだけ。 骸の髪は深い碧で、眼は引き込まれるような藍と紅だと言うのに、視界も脳内もやけに真っ白だった。 end. 全体的にいやらしい……。 ふかふかの絨毯に雲雀を座らせたいという欲求からできたお話です。 |