小説は冒頭が肝心だ、と耳にした事がある。序でに、最初の数ページで読者を引きつけるには、冒頭に死体を置くのが一番、というのも。
 死体。確かにそれだけで強烈なインパクトを与える。それは一般的に死体が非日常的な物だからではないだろうか。
 では仮に『死体は日常的な物』と認識している人がいたとしよう。その人物は死体に対して衝撃を受けるだろうか。
「雲雀、この映像ににどれくらいインパクトを受けましたか」
「百点中、三点」
 欠伸をしながら答える雲雀。少しも衝撃など受けていないような態度(実際受けていないと思う)に、僕は半ば呆れた。本当に三点分驚いたのか問うと、雲雀は、君の方がノーリアクションじゃないか、と悪態を吐く。
 そう、彼は死体が日常的な物と認識していたから驚かないのです。六道骸的解説、終わります。また来週。

 隣に座る雲雀は、僕のアイスココアを勝手に飲んでいた。そして甘い、と余計な一言を告げ、コップを元の場所に置く。文句をいうくらいなら飲まなければいいのに。なおも彼の嫌がらせは終わらない。結露によって手が濡れているにも関わらず、僕の見ている前で僕のパソコンの画面を思いっ切り触ったのだ。勿論、画面には彼の触った痕がくっきりと残った。彼はそれを悪いこととも思っていないような顔で話し始める。
「君にしたら良く出来たと思うよ。一割も僕を驚かせたんだから」
「だから僕が作ったんじゃないですってば」
 反論しつつ液晶画面に付いた水滴を袖で拭う。
 雲雀に僕の自作なのでは、と疑われている物は、勿論僕のものではない。れっきとした贈り物だ。
 それを見つけたのは十分程前。朝起きて、燃えるゴミを指定の場所に捨てに行った序でに、ポストを確認した時の事だ。

 新聞等は申し込んでいないため、毎朝空っぽの中身を見るのが当たり前だった。だが今日に限って、一枚の手紙と、ディスクが入っていた。そのディスクこそ、僕の自作だと疑われているディスクだ。
 ポストに入っているのを目にした瞬間、誰かが入れ間違えたのでは、と思ったが、手紙の裏面を見てその可能性は消えた。きちんと宛名があったのだ。
 二つ折りの手紙を広げると「Please look DVD!」とただ簡潔に書き走ったような文字で書かれていた。それ以外に文字という文字は見当たらない。DVDらしいディスクのケースも確認したが、やはり何も記載されていない。結局、書かれていたのはその英文と僕らの名前だけで、どこを見ても差出人の名前らしい文字は記されていなかった。
 その時点で分かった事は、誰かが僕らに対し、意図的にこのディスクを贈った事、そしてこのディスクを僕らに見て欲しいという事、だけであった。
 家にそれを持ち帰ると、いかにも怪しげなディスクに雲雀は顰蹙し、見ないと断言した。それも構わず、僕は無理やり、雲雀を僕の部屋に押し込んだ。
 そしてディスクを再生する前に、ディスク自体をよく見た。まず、「Please look」を「ディスク自体を見て欲しい」のか「ディスクの中身を見て欲しい」のか、判断する事にしたのだ。だがディスク自体に目立った物は何もなかった為、中身を見て欲しいのだとすぐに理解した。
『というか、それが普通じゃない?』
 一人頷く僕を見下す雲雀の顔が思い出される。疑う事は大事である。それは時に自分を守る事にもなるからだ。用心するに越した事はないだろうに。
 いざ中身を見てやるべく、恐る恐るパソコンにディスクを挿入した。記述通りDVDだった時、胸をなで下ろしたのは僕だけだった。雲雀には些か危機感が足りないと思った。

 まぁそんな経緯を経て、現在、そのDVDを再生している所である。

「これは置きすぎですよねぇ……」
「置きすぎ?」
 観賞の最中に呟いた独り事に雲雀は疑問符を投げかける。
 小説の話ですよ。そう答えても雲雀には何の事だかさっぱりのようで、僕に向けていた視線を液晶画面に戻した。
「こういうの見て、興奮するかい?」
「どうでしょう」
 僕は雲雀に質問を投げかけられても、画面から目を逸らさなかった。

 画面には様々な人が出演していた。だが、役者は一人を除いて全員が既に息絶えていた。――つまるところ、画面には死体ばかり映し出されていたのだ。
 それらは白い箱に詰められていた。その箱は縦横二メートル四方の物だ。カメラは律儀に箱を上と横から撮影しており、上から箱を映した場面では、見ているこっちが狭苦しくなるほど死体が箱詰めにされている様が見て取れた。
 箱の横を映した場面では、流石に開ける事はできないからか、ドアのように一部だけ箱の側面が開く仕組みになっていた。またしてもそこから、死体が隙間無く詰められているのが確認できた。
 唯一画面に映っている生きた人間は、主に側面のドアを開け閉めしていた。微妙な役割である。にも関わらず、死体ばかりが映される中、生きた人間は彼一人だった為、異様にも思えた。それに、彼はその場に似つかわしくない道化師のような格好をしていたのだ。肌は白く、メイクも衣装も派手。そんな男がドアを開け、愛想良く笑って死体を見せているのである。異様という他ないだろう。
 その男は、時々何か話していたが、僕にはその言葉の意味が理解できなかった。
 もっと視聴者に分かりやすい言葉で話すべきだ、と抗議したくなった。

「英語、得意ですか」
「……僕が唯一喋れる英文を、特別に教えてあげようか?」
 ダメ元で雲雀に聞いてみたが、唯一、という事は当てにならないだろう。
 雲雀に聞く事を早々に諦め、重い腰を上げる。棚の上部に並んでいる辞書の中から英和辞典を探していると、雲雀が此方に来る気配がした。
 埃被った英和辞典を手に取り、振り向くと、彼の顔は間近にあった。それから僕の耳に手があてられ、雲雀は内緒話をするように耳元で囁いた。

「I love you.」

 想像もしなかった言葉に卒倒しそうになった僕を置いて、雲雀は部屋を出て行った。
 力のなくなった手から滑り落ちた英和辞典が、僕の足の上に落ち、僕は痛みに悶える事になった。



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