| ※こちらの作品は15禁ですので義務教育未終了の方は観覧をお控え下さい。 (5月4日の手記より抜粋) 夢で会えたら、例え死んでも構わないのです。 恭弥が本当は幾つなのか、知りません。でもそれでいいのです。知らなくても支障はないのです。会話は成り立ちますし、愛は育めます。でしたら訊かない方がいいとは思いませんか。相手の深い所までずけずけと入り込むのは、少々気が引けるのです。 今日は鯉幟が元気に空を泳いでおりました。特に変わり映えした日ではありませんでした。 変わった事と言えば、恭弥の背中に氷を入れてみた事でしょうか。恭弥はとてもとても可愛らしい反応をしてくれました。嬌声を挙げ、背中を反らして、切なそうに眉を潜めるのです。それらはたった一瞬の間に起こった出来事でしたが、僕は今でも鮮明に覚えています。 それから恭弥は僕に暴言を二言三言呟いて、背中の氷を取ろうと、スラックスからワイシャツを引っ張り出しました。その時にちらりと覗いた腰も、大変麗しいものでした。一昨日の晩に付けた赤い痣もちゃんと残っていて、それが更に艶めかしさを一段と高めていた事は言うまでもありません。 ああ、のけぞった拍子に墨汁を零してしまったようで、後で怒られましたが、僕は全く懲りませんでした。隙と氷さえあればまた実行しようと密かに企てているのですから。 さて、その氷は僕が頂きました。口腔の熱で、じわりじわり、浸透するように溶けていきました。恭弥の肌を滑った氷を口に含んでいると、口から冷たさが全身に広がる感覚がしました。最後は噛み砕いて、飲み込みました。ヒヤリとしたものが、喉の奥を通って、やがてその感覚は消えていきました。背徳感のなり損ないのようなものだったような気がしました。 ちなみに、その氷はどこから持ってきたのかといいますと、犬がよく行く古びた駄菓子屋です。多分お酒を割ったりするのに使うのでしょう、大きな氷が入ったロックカットという商品が、アイスの隣に積み上げられていました。それでちょっとばかり拝借したのです。 足取り軽く氷を抱えて並中に向かう道中、後ろめたさはなく、むしろ清々しい気分でした。太陽に晒されて熱くなった体を、氷が冷やしてくれたせいもあるのかもしれません。 あの、氷が喉を通っていった時に感じた背徳感は、きっとどこかに置き忘れてきた後ろめたさが、ひょいと戻ってきたのでしょう。あの氷を拝借した分の、罪悪感が。 恭弥はまた、墨汁に筆を浸し始めました。すると、ふくよかな雀が三匹、入ってきたではありませんか。可哀相に、これでは恭弥の作業がちっとも進みません。一番邪魔をしているのは僕なのですが。あの雀は、どうやら恭弥が手懐けている、黄色い鳥が呼んできたようです。 溜め息をついた恭弥が立ち上がり、トンファーを振り回して鳥たちを追い払いました。しかしその背中が寂しそうだったのを僕は知っています。恭弥は小動物が好きですから、本当は追い払いたくないのでしょう。しかし僕の前ですから、そうやって気丈でいるしかないのでしょうね、意地っ張りですから。僕は全部分かっているというのに。 再び席には着かず、窓枠に組んだ腕を乗せた恭弥は、空を見始めました。隣に並ぶと、単に空を見ていたのではなく、睨み付けているのだと知りました。 大分長い時間、恭弥はぼおっと睨んでいました。だから僕は、恭弥の後ろに回り込んで、両の手で目隠しをしてやりました。例え無機物でも、恭弥が長い時間視線を向けている対象が僕以外という事は、大変許し難い事なのです。 僕は耳許に唇を寄せて、故意に息を吹きかけました。恭弥の体が震えたところで、帰ります、と告げ、本当に帰りました。今思えば、氷を置き忘れていましたね。 まぁ帰るとは云いましても、僕達の帰る場所は同じなのですから、結局のところ、また顔を合わせる事になります。ですが僕はこうも思うのです。帰路を共に歩むのもいい、しかし偶にはおかえりなさいのキスをくれてやるのもいい、と(本当はただいまのキスが欲しいのですが、勿論期待はしていません)。 そして独りきりで帰宅し、数時間後。雲行きが怪しくなったかと思えば、バケツをひっくり返したような雨が降ってきました。雨粒が叩きつける窓から、じっと下を見て、恭弥の帰りを待ちました。 それから数十分後、僕はおかえりなさいのキスをする事になりました。ただいまと零したずぶ濡れの恭弥は、何故か丸めた布団を持っていました。しかしそんな事はどうでも良かったのです。恭弥が鍵を閉めたのを確認し、振り向いた瞬間飛びかかり、唇に咬みつきました。濡れた恭弥の頭が玄関のドアにぶつかりましたか、構いやしません。背骨が音を立てる程抱きしめて、貪るように口付けて、逢えなかった数時間を埋めました。恭弥の体は冷え切っていて、毛布にくるんだ何かを守るように、僕の体を頻りに押していました。 唇を離すと、バスタオルを取りに行こうとする僕の腕が強く掴まれ、リビングへ誘われました。僕は恭弥の髪から滴る水滴を見つめながら頷きました。その時、布団が動いたのは幻覚ではなかったと、後から知る事になるのです。 恭弥はリビングに入ると、椅子に腰掛け、愛おしそうに布団を撫でました。それに反応して中から顔を出したのは、真っ黒な子猫でした。半分ほど濡れているであろう布団で子猫の体を拭いている姿を見て、恭弥に使うはずだったバスタオルを子猫用に手渡しました。 道端で子猫を拾ったそうです。毛布が底に敷かれたダンボールには、三匹の子猫が入っていたそうです。そのうち雨の中で鳴いていたのはこの猫だけで、他の二匹はもう冷たくなっていました。恭弥はダンボールごとその猫たちを動物病院まで運び、生きていたこの一匹だけを連れ帰ってきたそうです。 すっかり押し入れが定位置となったストーブを引っ張り出し、付けてやりました。恭弥が子猫を抱かえてストーブの前にいくと、子猫は初めこそ怖がっていましたが、五分もすると丸くなりました。毛の長いカーペットの上で、ストーブの温風に吹かれて丸くなる姿は、本当に癒やされます。恭弥がもう少し、見付けるのが遅かったら、他の二匹と共に弔うはずだった命です。 幸せそうに寝息を立て始めた子猫を、恭弥は優しい眼差しで見ていました。水を吸って重くなった学ランをそっと脱がせると、張り付いたシャツがすらりとした体のラインを浮き彫りにしていました。さらに濡れたおかげで透けており、目に毒と言いましょうか、もう理性は崩壊寸前でした。しかし何故でしょう、その時、喉にせり上がってくる何かがあったのです。 首に張り付いた髪ごと吸い付き、突出したそれをシャツの上から指の腹で愛でました。恭弥の声がうるさいので、邪魔なネクタイを外し、それで口を塞ぎました。次にベルトも外し、手を後ろで縛り、逃げる恭弥を抱きかかえて、ベッドまで運びました。 ルームランプを付けると、乱れたベッドと濡れた恭弥が淡く、しかしはっきり見えるようになりました。 起立したそこを手のひらで包むように、やわやわと撫でると、恭弥はため息のような声を漏らします。下着ごとスラックスを脱がせ、足を開くよう命じると、怖ず怖ずとその通りにしました。ご褒美とばかりに、上下に擦ってやると、恭弥は背中に氷を入れた時の、恍惚した表情を見せてくれました。嬌声を挙げ、背中を反らして、切なそうに眉を潜めたのです。今度は一瞬ではありません、恭弥が感じる度、ずっとです。またその時、先ほどよりも激しく、胃液が逆流してくるような違和感が喉にありました。 先端を親指の腹で刺激してやったり、全体を激しく擦ってやったりして、弄んでいるうちに、恭弥は果てました。腰を浮かせてのけぞり、苦しそうに、くぅ、と声を上げたのです。間を開けず口に含み、体液を舌で絡め取ります。わざと音を立てて出し入れすると、気持ちいいのか、両足が僕の頭を挟み込みました。少し痛かったのですが、その力の強さは恭弥の感じている快楽に比例していると知っているので、嬉しかったです。そしてあまり時間の経たない内に、恭弥は二回目の波を迎えました。今度は女性のような高く、ほどよく掠れた声で喘いでいました。 恭弥はすっかり息が上がり、生理的に出た涙で黒曜石に似た目は濡れていました。肌に触れると、雨で冷たくなっていたのが嘘のように、熱くなっていました。 リビングは煌々と明かりが灯り、ストーブが轟々温風を吹き出していたはずです。子猫が無防備にお腹を出して寝ているその隣で、僕たちは密やかに濃密な時間を過ごしていたのです。 僕の上に跨った恭弥は、ネクタイを外してやると、云いました。僕があの二匹の猫を、殺してしまったのだと。一匹を助けたのでしょう、と僕が云いかえても、恭弥は静かに首を振って、口惜しそうに唇を咬んでいました。なんだか僕はいたたまれなくなって、恭弥の言葉の続きを塞ぐように、律動を開始しました。 瞼の裏に猫がいる、と頻りに叫ぶ恭弥を、僕は下から突き上げていじめました。しかしすればする度、喉が締め付けられて心臓が握りつぶされているように痛むのです。 土砂降りの雨が降っていました。 そして知りました。恭弥の背後に見えたのは、僕の首を絞め心臓を握るのは、忘れたはずの罪悪感なのだと。あの氷を食べた時の背徳感のなり損ないも、喉にせり上がってくる何かも、胃液が逆流してくるような違和感も、全部、いつの間にか戻ってきていた罪悪感だったのです。 これが最後の日記です。時計の針は十二時と五分を差しています。恭弥、誕生日おめでとうございます。今日はキスしても起きないほど、疲れていたのですね。 恭弥、君がこれを読む頃、きっと応接室内を鳥が飛び回っていて、君は静かに墨を擦って、背後の晴天の空に、鯉幟が悠々と泳いでいるのでしょうね。融けかけだった氷は、また冷凍庫の中で固まって、全部くっ付いていますよ。そして君は、僕の手記を侮蔑した目で見ながら、手に取り、やがてページを捲るのです。帰ったら、あの子猫に餌をやらなきゃな、なんて考えながら。 ああでも一つだけ訂正しましょう。 もう窓から鳥は入ってきませんよ。きっと、二度と。 また夢の中でお会いしましょう。 了。 (5月8日の手記より抜粋) 骸、君の日記は一々長すぎるよ。 五日の朝、起きたら僕はひとりぼっちだった。猫も骸もいなかった。 そして昨日。車通りの激しい大通りで、猫が一匹轢かれて死んでいた。轢かれた割には綺麗な死体だった。確信はないけれど、あの猫が轢かれて死んでしまったのだと思うと、涙が零れてきた。でも、不謹慎だけど、骸が死んだ事はちょっとも悲しくなかった。その後、僕は泣きながら、周りに骸も轢かれてないか探した。結局、歩道にも傍の原っぱにも、骸はいなかった。 あの鯉幟は今も健在だ。雀は君が予言した通り、もう来ていない。 いつか僕も君のように、罪悪感に苛まれて死ぬのだろうか。僕はずっと、心配だったんだ。骸の欲望が率直過ぎて、一生分の欲を今にも果たしそうで。そして僕が心配した通り、骸はこの世に何も思い残す事なく逝ってしまった。 僕が聞いた話にこんなものがある。過去に犯した罪を罪だと自覚した時、それが重ければ重いほど、押しつぶされてしまうって。 骸、君は沢山人を殺めて、沢山騙して、沢山痛めつけた。その罪の重さは、きっと計り知れないものだろう。だから君は罪悪感を取り戻した時、押しつぶされてしまったのかい? あんなに強かった君が、こんな女々しい手記だけを残して。 骸は僕を愛した事も罪だと思っていたんだろう。嫌でもわかる。僕に何かする度に違和感が膨らんでいく行程が、はっきりと書いてあるから。軽蔑した、罪だなんて。僕が敵だったから? 僕が男だから? 僕が中学生だから? 僕が風紀委員長だから? 僕が、雲雀恭弥だから? AがないならZを目指すまでさ。 こんなにも骸の事を想い慕い、考えているのに、未だに涙はちっとも出て来やしない。こんな調子じゃあ、僕も後、罪悪感に押しつぶされてしまうかもね。 ちょっとでいいんだ。気が向いたら顔を見せてよ。だって君はまだ、死んだとは決まっていないだろう? end. 恭弥の方はおまけにしようかと思いましたが載せてしまいました。 5月5日は、別にまた小説書きます。 |