策略? 計略?
 ううん、そんな奇麗な物じゃ無い。
 罠、……。然うかな、其方の方が良く合ってる気が為るよ。

 嫌がる素振りは為る。抵抗も為る。だけど、或る程度したら受け入れる。理由付け出来るくらいで、尚且つ相手が其の気を無くさないくらいに成った時、控え目に強請るのが丁度良い。
 今迄焦らされた分、向こうも貪る様に僕を求めるし、僕だって焦らした分、其の気にも成るし。壱石弐鳥。
 簡単な罠だけどね。其れだけで僕は満足なんだよ。例え向こうが僕の意図を解って居るとしても、其れでも嵌まって呉れただけで良いんだ。
 だって其れは、向こうも同じなのだから。
 小さな罠。其れを見抜いて、また罠を仕掛ける。永遠と続く輪廻の娯楽。嵌ったか嵌って無いかなどでは決着は着かない。其の罠に気付いて居るか、気付いて居ないかで判定は決まる。
 何処までが本気で、何処までが罠か。
 所詮、此は駆け引きなんだよ。

「何考えてるんですか」
「別に」
 何故相手が骸なのかと聞かれれば、迷わず“都合が良かったから”と云うだろう。確かに骸は僕の事を気に掛けて居た様だし、僕だって骸に執着為る理由は在った。
 憎しみが愛に変わる何て有り触れた展開だろう? だから其れを利用して、僕は自ら骸を選んだ。
 愛何て弐の次だ。そんな安い感情を最優先事項にしたって、得る物など何も無い。
「下手に考え無い方が良いですよ」
 然う考えて居たのは僕なのに。

 向かい合わせに横に成っていた骸は、何時の間にか起き上がって居た。未だ横に成って居る僕に視線を向けながら、伸ばした自分の膝の上を軽く手で叩いて示している。其れに素直に遵い、骸の足の上に跨ると、骸は壊れ物を扱う様に僕の頬に触れた。其の冷たい手は、火照った体には気持ち良い温度だった。
「兎はワザと嵌まったんです、小鳥が仕掛けた罠に。小鳥を呼び寄せる為にね」
「……童話かい?」
 惚けて見せたが、解って居る。小鳥は僕で兎は骸だ。

 視線を外して部屋を視渡した。此の白い寝台以外、何も無い。コンクリートの壁、南京錠が掛かった鉄格子、薄暗い電灯、部屋の右上には申し訳程度に窓が在る。どうやら未だお天道様は出て居ない。もう時間も日付感覚も無くなった僕に取っては、どうでも良い事なのだが。
 漠然とした意識で周囲を視て居ると、不意に首が引っ張られた。無言の圧力。視線を骸に戻さざるを得ない。
 睨み付けると、骸は満足したように再び口を動かし始める。
「狙い通りに小鳥は来ました。兎が捕まる事を代償に仕掛けた罠。小鳥は其れに容易く引っ掛かって呉れましたよ」
「っ……止めてよ。未だ為る気?」
 するりと開けた服の間から骸の手が侵入して来る。丸で氷のような冷たい手。撫で回すかの如く肌を這う手に、吐息が熱を帯びて行く。
 今宵弐回目だと云うのに。躯は未だ快楽に従順らしい。
「イイ声で兎の為だけに鳴く小鳥……ねぇ、雲雀」
 耳許に口を寄せ、骸は態とらしく息を吐き出しながら囁く。
 弱い処など、既に全部知られて居た。
 甘咬みと舌先で嘗めるのを交互に、鼓膜からも僕を侵して行く。
 気持ちが良いのは確かだが、其の行為を行う事に相応する正しい愛など在るのか。厭、愛の断片すら無い。只其処に在るのは、愛とは云い難い歪んだ何かだ。

「は、ぁっ……触るなっ」
 然う云いつつも、抵抗為る気など零に等しい。と云うのも、本当の抵抗何て、何壱つ出来る筈も無かった。
 僕等の関係は、世間一般に譬えたら何なのだろう。
 其れは僕等にしか解ら無い事だけれど。
 せめて明確な答えが欲しい。
 彼の細い指が意地悪に肌をなぞる度、躯の奥から熱い物が込み上げて来る。其れに反応を示す度、首、手首、足首と参つの首に繋がる枷が擦れる様に皮膚に触れる。寝台の隅から僕を繋ぐ枷。何度も抵抗した所為で枷が触れて居る部分は摩擦で擦れて居た。特に両手首が一番酷く、血が滲み出て居る。
 骸は其れを知って居るのに直そうとはして呉れ無かった。当たり前と言えば当たり前だ。痛みを与えれば躯の反応だって鈍くなる。然すれば、痛みを怖れて無闇矢鱈に抵抗する事も無くなるのだから。
 其れでも僕は抵抗を止めない。それは意地でも在るし、最初に述べた事も在る。其れと、心の何処かで逃げ出したいと思って居るからかも知れない。

「随分な負けん気ですね。……嗚呼でも、余り兎を責めないで下さい。兎は寂しいと死んで仕舞うんです。だからこそ」

 快感と良く解ら無い何かの所為で呼吸が出来ない。辛うじて荒い呼吸を繰り返す。

「自ら危険を冒して迄、誰かが欲しかった。其の不特定の誰かが、偶然小鳥だったんです」

 知ってるよ。僕を蔑む様な云い方をしてるけど、本当は然うじゃ無い。だって然うしないと、骸は死んでしまうから。
 ……僕じゃ無いと、駄目だった癖に。
 僕より優位に立ちたいと云う思考が滲み出て居る。然う想うのは、自分が相手より格下の立場に居ると気付いた時だ。

「其れだけの話ですよ」
「……随分賢い兎、だね」
 骸の事が僕にも解る様に、僕の考えも矢張り全て見透かされて居た。然う考えると、今迄の僕の言葉も強がりにしか聞こえない。
 骸の云って居た事は全部事実だ。
 其の冷めた表情、見透かす様な目、的確に僕を捉える思考。全てが僕を可笑しくさせる。頭の中を引っ掻き回される感覚に、眩暈冴え覚える。
 気付かれても良い、じゃ無くて、気付いて欲しかった、だけ。
 何時しか然う想う様に成っていた。其れでも僕は反発する。
 其の冷めた表情、見透かす様な目、的確に僕を捉える思考。其れに裏が在る限り、僕は抗う事を止め無い。
「小鳥は唄うんだ。譬え、兎は偶然小鳥を選んだだけだとしても、其れでも唄う。莫迦な振りして唄うんだよ」
 然う、結局は。
「鳴く事しか、出来無いからね」
 片方が白旗を挙げるまで続く娯楽。

「……一つだけ、計略外な事が在りました」
 自らの胸部に爪を立て、骸は口惜しそうに顔を歪ませた。
 痛々しい悲痛な顔。其の意味を僕は知ってる。苦しいんだろう? どうすれば良いか、君には解ら無いからね。
 此だから面白い。
 やっと廻って来た。今度は僕が笑う番だ。
「兎は魅了されて仕舞ったんです。小鳥の其の、麗しい唄声に」
 其の言葉の裏側に隠された感情くらい、見透かす事は容易い。
 幾ら兎が寂しくとも、小鳥を手に入れたく想っても、小鳥は小鳥だけの物。朝が来たら兎を残して、小鳥は飛び立って行く。
 何としても欲しいんだろう? だから君は僕を閉じ込めた。
 見えない籠に捕らわれて、小鳥は自由に蒼空も飛べない。此の鉄格子の中から、小さな蒼い大空を恨めし気に見上げる。籠の中から出ようと足掻き続け、そして時期に気付くだろう。――嗚呼、もう一生此処から出られはしないのだと――。抵抗を止めた小鳥の羽は退化し、手枷足枷に縛られ逃げ出す術も無い儘、兎の思惑通りに兎だけの小鳥に成る。
 其れは即ち、僕が殺されると云う事。肉体的な物では無く、僕自身が殺される。絵空事では無い。然う成るのも最早時間の問題だった。

「恋に溺れて身を裂く兎と、身を焦がす熱情に灰と化す小鳥、ね……」
 其の、何もかもを見透かす様な眼差しに囚われた僕。先の事など知りもしない形をして、只々甘い声で唄う。
 其の声に、兎を縛り付けるように、官能的で煽情的な声で唄い続ける。

 兎よ兎。逃がす物か。
 囚われたのなら、捕らえる迄。
 似た者同士の君と僕。だったら僕と同等の運命を、同等の痛みを、同等の感情を、僕自身を与えてあげるよ。
 さぁ、此の唄声で縛り付けてみせませう。

end.

題材曲:烏と兎/骨盤P
絶対漢字の使い方間違ってますよ、これ……。
なんちゃってって事で見逃してください。