| ――「今夜星を、見に行きましょう」―― 並盛町の外れに住む雲雀を迎えに来たのは、いつもの制服にマフラーを巻いた骸だった。外から自転車のスタンドを立てる音がすると、雲雀は窓を開け、身を乗り出した。下ではそれに気付いた骸が笑顔で手を振っている。雲雀は手を振り返す事もしないで、ただ頷いて窓を閉めた。 戸締まりをして、骸の元に小走りで向かった。いつもの制服に付け加え、耳当てと手袋をして。 たわいない挨拶を交わすと、双方の口から白い息が吐かれる。夜の冬は思っていた以上に冷え込んでいて、雲雀は無意識に身震いをしていた。それを見て、骸は無造作に巻いたマフラーを外し、雲雀の首と自分の首に巻き付けた。慣れない状況に、雲雀は困惑する。用意していたように笑みを零す骸に、雲雀も少し考えてから手袋を両方渡した。 「貸してあげる」 「寒いですよ、いいんですか?」 「君の背中貸してもらうから」 「ああ、それなら」 スタンドを上げると、静まり返った辺りに冷えた金属の音が響いた。マフラーが緩まないよう、二人三脚をする要領で骸はサドルに、雲雀は荷台に、それぞれ跨った。冷えた荷台からスラックス越しに冷たさが伝わってくる。 やがて自転車はゆっくりと動き始めた。 頬を掠める夜風が、気の所為か少ない。それにいつもならあっという間に過ぎ去る景色も、街灯に照らされた一つ一つがはっきり見えた。風がなるべく当たらないよう気を使ってくれているのだろうか。 それでもやはり十一月の夜風は冷たい。雲雀は自転車を漕ぐ骸の腰に腕を回し、体を密着させた。腕を制服の中に入れると骸が少し振り向き、文句を言った。 「冷たいです」 「我慢してよ、僕だって寒いんだ」 「あー、でも暖かくなってきました」 「前見てよ、前!」 ふらふらと覚束なく進む自転車。 並盛中を目指して、ゆっくりと進む。 校門前に自転車を止め、闇に聳える校舎を見上げた。時計は深夜一時を指してた。雲雀が何よりも大切にしている、並盛中学校。昼間とは打って変わり、夜の学校はひっそりとしている。 骸に続けて門を飛び越え、敷地内に入った。雲雀としては、他校の生徒を無断で入れるのは不本意だったが、今回は見逃してやる事にした。 「もう来てますかねぇ」 「多分来てるんじゃない。僕達が一番遠いみたいだし」 校内の鍵は開いていた。下校時に、恐らく先に来るであろう沢田達に鍵を預けておいたから、それで開いていたのだろう。そしてそれは、雲雀達が一番遅い事も示していた。 昇降口で雲雀は上履きに履き替え、骸は靴を持って素足で廊下を歩く。頻りに辺りを見渡す骸に、雲雀は半ば呆れていた。 「誰もいないよ」 「見回りの教員がいるはずでは」 「この学校は僕が管理してるから」 唖然とする骸を後目に、雲雀は屋上までの道を黙々と歩いていった。 屋上の扉を開けると、まず雲雀の目に飛び込んできたのは人の群れだった。こんな大人数、許可した覚えはない。 元より少人数の輪でも許し難い雲雀にとって、十人以上の大人数は制裁レベルに値した。今日ばかりは深夜外出、無断侵入を多目に見てやっていたものの、さすがにこの群れは許容範囲外だ。しかし女、子供もいる手前、この雰囲気をぶち壊すわけにもいかず、そうなると自分が別の場所に移動する他なかった。 一人だと何かと不便な事もあり、骸を連れて行こうとした。しかし雲雀が話し出す直前、骸は群れの中にいる一人に呼ばれて走り出していた。 ……所詮、あいつも群れの中の一人か。 「雲雀くん、こっちに」 屋上の扉を閉めると、骸の声も聞こえなくなった。 幸いな事に、並中にはもう一つ校舎があった。骸がいる方の校舎をA校舎、雲雀がいる方の校舎をB校舎と言う。この校舎の屋上には、誰も来られない。鍵は雲雀しか持っていないからだ。 B校舎の屋上からは、骸のいるA校舎の屋上の様子が小さく見えた。 屋上の冷えたコンクリートに寝転がる。唯一の話し相手である黄色い鳥は、深夜だからか眠たそうにしていた。鳥を指に止まらせ、マフラーの中に入れてやる。すぐに鳥は眠ったようで、鳴き声一つ発しなかった。 A校舎の屋上は、誰が持ってきたのか、ライトで明るく照らされていた。 人が大人数集まる中、更に遠目からという条件を付けても、雲雀は骸の姿をはっきり捉える事が出来た。向こうの屋上には、これまた誰が持ってきたのか知らないが、望遠鏡が一つあった。骸はそれを覗いている。 今日、こうして一堂に会したのは、偶々並中に来ていた骸の発言からだった。 『今夜星を、見に行きましょう』 その場の誰もが、偶にはいい事言うね、と笑った。雲雀ですら笑みを浮かべた。 鳥を起こさないよう、マフラーを外し、その場に置いておく。A校舎の屋上に背を向ける側のフェンスから、一人きりで空を眺める。天文学には興味がなく、星座や星の知識に付いて乏しい雲雀では、オリオン座一つ見つけるのがやっとだった。 寒さに雲雀が身震いすると、スラックスのポケットに入っていた携帯電話も同時に震えた。急いで取ると、サブ画面には骸、着信の文字。振り返った先の明るい屋上に骸の姿は見当たらなく、雲雀は不審に思いながらも電話に出た。 「もしもし?」 「雲雀くん、今から冬の大三角形を教えてあげます」 スピーカーから聞こえてくる骸の声は、息切れしていた。 向こう側の屋上に、骸はいない。では、どこにいて、一体何をしているのだろう。 「いいよ、そんなの。じゃあね」 骸の様子が気になったが、些か骸に腹が立っていた雲雀は、くだらない電話を切ろうと携帯電話から耳を離した。 その時、耳を離して良かったと思う程、スピーカーから大音量が響いてきた。 「切らないで下さい!」 珍しく骸が大声を上げたのだ。 雲雀は驚きのあまり体が硬直し、通話終了ボタンを押せなかった。 「君の隣じゃなきゃ、だめなんです」 「……今更そんな事」 「雲雀くんは」 相変わらず骸の声の中には荒い息が交じっていたが、それは骸の真剣さを邪魔する程の物ではなかった。 その問い掛けの意味が分からず、雲雀は無言を貫く。するともう一度、骸は雲雀に問いかけた。 「雲雀くんは、どうなんですか」 嫉妬していたのかもしれない。 骸と二人で見れるものだと思っていたのに、邪魔されて。その上、楽しそうに振る舞う骸を見たら、疎外感が募って。骸が星を見に行こうと言ったのも、雲雀だけではなかったし、心のどこかで骸は遠い人だと思っていたのかもわからない。ただ、その度に胸が締め付けられたのは確かだ。 深夜外出も、無断侵入も、許したのは全て骸の為、自分の為。 自転車で迎えに来てくれた時、マフラーを巻いてくれた時、自転車の後ろに乗れた時、骸に触れられた時、全ての事に一々胸が踊った。嬉しかった。 これが恋だって、初めてわかった。 そんな自分の気持ちに嘘を付ける訳がなく、気が付けば雲雀は、ありのままの本心を口にしていた。 「……君の隣がいい」 溢れた言葉は止まらない。 「君の隣じゃなきゃ、いやだ!」 刹那、雲雀の背後でB校舎の屋上の扉が乱暴に開いた。雲雀は扉の鍵を、うっかり閉め忘れていたのだ。 間違えるはずがない。そこにいたのは、息を切らした骸だった。 雲雀はただ骸を見ている事しか出来ず、呆然と携帯電話を耳に当てたまま立ち尽くしている。 「冬の大三角形、教えに来ました」 近くにいる骸の口と、携帯電話のスピーカーから、全く同じ声が聞こえた。 骸が笑みを浮かべ、雲雀にゆっくりと近付く。雲雀の手からするりと携帯電話が滑り落ちる。しかし雲雀は拾う事をしない。 やがて雲雀の目の前まで達した骸は、雲雀が借した手袋を嵌めた手で、雲雀を抱き締めた。そして頬を優しく包み、壊れ物を扱うように、そっと丁寧に深く、口付けたのだった。 骸のお陰で、一時間後には雲雀もいくつか星座や星を見つけられるようになった。二人並んで、幾千の星が瞬く夜空を指差していく。 静かだったB校舎の屋上には、二人の声が絶え間なく響き渡る。無邪気な骸の声が聞ける度、骸はこんな近くにいたのだと改めて実感させられた。 いつかこの胸の高鳴りも薄れ行くのだろうか。それでもこの時だけは決して忘れはしないと、雲雀は夜空と共に、隣にいる骸を目に焼き付けた。 end. 題材曲:君の知らない物語/supercell 骸雲を通じて知り合ったお友達に誕生日プレゼントとして捧げました。 大半の防寒具は私の萌えポイントです。 |