「懲りないですね」
 とことん突き止めるタイプなのだろう。そして無駄に挑発的だ。物言いも、その顔立ちも、振る舞いすら、むかつく程に。
 馴れ初めなんか忘れたが、絶対言う事があった。暇人、惰眠を貪るな、仕事はどうだ。言い方は毎回違えど、内容は同じ事だ。わざとらしさが見え隠れする敬語と、笑みを貼り付けた顔で。
 毎日毎日言われるものだから、いい加減対処にも慣れた。ああ、とか、うん、とか。とりあえず何か言えばいいのだ。答えになっていないような答えでも、一応は納得する。けれどまぁ、次の会話でそれを指摘されるのがオチであるが。

「君は適当ですね、僕に対して」
「うん」

 夏休みにわざわざ学校に来る物好きは、僕と骸だけだった。
 骸は五割の確率で棒付きの飴を舐めていた。今日も舐めている。僕、ソーダ味かコーラ味しか舐めないんですよ。以前、そんな事を言っていた気がしなくもない。
 する事と言えば何もなかった。朝、普通に登校し、一通り仕事を終えてから、屋上に向かう。出入り口の扉の脇座り、背中を預け、目を閉じる。程なくして骸も屋上へやって来る。
 ただ、それだけだ。
「僕、知ってるんですよ」「何を」
「暑いですね」「うん」
「コンビニへ、行くんです」「ふぅん」
「飴を買いに」
 飴を買いに、ね。
 骸は座らない。いつも、僕の隣に立って壁に背を預けている。偶にフェンスの傍までいって、風に吹かれながら下界を見ている。いや、あれは見下しているんだ。
 今日の骸は壁に背中をくっつけたままで、うろうろしなかった。ただ飴を舐めている。僕はただ座っている。
「みくだりはん、つつもたせ、けいしゅう、たおやめ」「ああ」
「漢字で書けますか?」「うん」
 骸が座った。僕の隣に。
 差し出しだされたのは手帳とボールペンだった。何の変哲もない物だ。愛用しているようで、双方共に少し薄汚かった。
 律儀に白紙のページを開いていて、ペンもノック済みだ。無言でペンを取ると、骸はまた立ち上がった。とりあえず白紙をインクで汚す。

『三行半、美人局、閨秀、手弱女』
 書き終わってから分かったが、どれも女に関する事だった。
 手帳とペンを返そうと上を向く。骸は中腰で、僕に向けて手を伸ばしていた。滑りのある何かが、僕の唇に当たる。それは骸が故意にやったようで、執拗に飴を唇に押し付けてきた。後ろは壁だし、横を向けばきっと頬に押し付けられるだろうし、べたつくのは嫌いだし。
 蝉が泣き喚く中、仕方なしに飴を咥内へと受け入れる。
「全問正解の、お礼です」
 要らないお礼だと思った。
 またもや口に入れ終わった後で気が付いたのだが、この飴は骸の唾液付きだった。

 美味しくないはずなのに。
 夏休み初日。屋上で出会った日の帰り。僕、ソーダ味かコーラ味しか舐めないんですよ。その言葉を思い出しながら、骸の後をこっそり付けた。途中、奴が立ち寄ったコンビニに僕も入った。骸が商品を買い、店から出て行くのを見届ける。そして、僕は買った。骸と同じ商品を。その間、心臓がずっと高鳴っていたのを覚えている。
 店を出て、すぐ舐めた。途端、吐き出したくなった。もう片方も同じ結果だった。一生、舐めるものか、と設置されているゴミ箱に飴を捨てながら誓った。

 ソーダ味も、コーラ味も、美味しくないはずなのに。
 半ば強制的に骸から貰った、ソーダ味の飴。異様に美味しかった。
「……君の味がする」
「美味しいですか?」
 上に向けた首を自然体に戻し、素直に頷く。それを見てか、骸が少し笑った。
「今日は吐き出さないんですね」
 骸は耳障りな音を立てていた。恐らく、もう一つの飴を舐めるつもりなのだろう。飴を包んでいる袋が、引き裂かれる音だ。
「まずいよ」
「おや」
「ねえ、まずいよ」
 骸を睨みつけてやった。
 僕の口に入っていた飴と、骸の口に入っていた飴は、両方とも骸が引き抜いた。その時はまだ、中腰だったのに、気づいたら骸は座っていた。
 触れるだけで、生暖かかった。まずいよ、って言ったのに。それから、コーラ味がした。多分骸からしたら、ソーダ味がするだろうか。伝う唾液が、ソーダ味なのか、コーラ味なのか、骸のなのか、僕のなのか、分からなかった。
「僕達がこういう事して、許されないよ」
「そんな法律、聞いた事ありません」
 腕の中で目を閉じれば、蝉の鳴く音しか聞こえなくなった。
 暑かった。飴はどうしたのだろう。この暑さじゃ、すぐに粘液状になってしまう。飴など最早、どうでも良かったのだが。
「僕味の飴はコンビニに売ってないので、僕で勘弁して下さいね」
 そんなの充分過ぎる、と思った。舐めても舐めても溶けない飴なんて、贅沢だ。
 コンビニにいた時のように、誰か僕を見ているんじゃないかと思った。骸じゃない、また別の誰かが。目を凝らして、骸の肩越しに周囲を見渡す。
 つう、と流れる汗で我に返った。そうだ。何て事はないじゃないか。ただ僕は、飴を舐めているだけなのだから。

 初めよりも、影が少し移動していた。太陽が移動したのだろう。
 鳴いていた蝉が、漸く鳴き止んだ。

end.

今更ですがタイトルを日本語にすればよかったと後悔しています。
骸味の飴……遠回しにパイナップル味ということでしょうか。