空虚な部屋に、聞き飽きた音がまた一つ。それが響く度に苛々は増していく。ああもう、今日は熟々運が悪い。それでも尚、後ろを見もせずに背後のゴミ箱に丸めた書類を放り投げる。きちんと捨てれば面倒な事になりはしないとわかっているが。
 些細な物音もしない部屋に、また一つ。
 漸く雲雀は後ろにあるゴミ箱を見る。ゴミ箱の周りには、丸まった書類が散乱していた。そして溢れんばかりにゴミ箱に積み重なったゴミの山。通りで入らない訳だ。
 応接室の掃除は部下達が勝手にやっているが、流石に自分の家の掃除は自分がやるしかない。
「塵も積もれば山と成る、ね」
 自分の不甲斐なさを感じつつ、机上の書類を全部放り投げる。ひらひらと舞っては床の彼方此方に落ちていく。
 やる気が失せ、仰向けにベッドに倒れた。目を閉じ、深い溜め息を吐く。酷い倦怠感と疲労感。こんな時は人恋しくなると言うが、そんな事などどうでも良くなる程、雲雀はただ呆然としていた。
 時間は十時。締め切ったカーテンの隙間からは柔らかな光が漏れていた。起きたばかりなのに、また眠りについてしまいそうな日差し。
「ご機嫌いかがですか、雲雀くん」
 だがその声で、雲雀は閉じかけていた目を再び開けた。

 突如として現れた骸に、雲雀は何の対処も出来ずにいた。普通なら視界にその男が入った瞬間、制裁を加えているというのに。
 トンファーは手の届く位置にあった。だがもう手を伸ばす事は愚か、一寸たりとも体を動かしたくない程の疲労が雲雀を襲っていた。出来る事なら目すら開けていたくない。――だが、この男がここにいる限りそれは叶わぬ願いだ。
「おや、眠そうですね」
 ベッドの縁に腰掛けた骸は雲雀の前髪を弄んでいる。
 何度も額に骸の手と自分の髪の毛が掠り、擽ったい。反射的に身を捩る事もすらも嫌になる。
「……やめて」
 手で振り払おうとしたが、それより先に骸はもう手を退けていた。骸の口元が微かに笑っている。雲雀が溜め息を吐くと、骸は雲雀の頬をそっと宥めるように撫でた。肌をなぞる冷たい指。
 気安く触るな、と言いたいが言葉さえ口にするのが億劫で。ただ成すが儘にされていた。
「君は色々溜め込み過ぎなんですよ」
 骸の手が離れる。もう触られないようにと両腕で顔を隠し、その隙間から骸を見ると、互い違いの目は周りにゴミが散乱するゴミ箱と、散らばった書類を見ていた。
 なんだ、皮肉か。少しでも期待をした自分がバカだった。――期待? 一体何に期待したと言うんだ。頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。それは気持ち良いと呼べる物ではなく、不快感を催す物だった。
 駄目だ。骸といたら治る物も治らなくなる。そればかりか、悪化する一方だ。
「そんな事言う為に来たなら帰って」
 寝返りを打ち、骸に背を向ける。視界に入るのは真っ白な壁だけになった。今更だが、最初からこうすれば良かった。
 再び部屋に静寂が訪れる。そうだ、これでいい。
 深呼吸し、シーツを軽く握った。訪れる睡魔に逆らう事もなく、意識は深い闇へと落ちていく。

「ツボ押しマッサージしてあげます」
 そう言って骸が雲雀の手を取ったのは突然の出来事だった。闇へと落ち始めた意識は骸によって引きずり上げられる。
 邪魔ばかりされて、腹立たしい。怒りに任せて口を開くと、雲雀の手のひらが上に向けられ、骸の親指が手のひらを押す。
「い、たっ」
 体に走る激痛。思わず顔をしかめ、開いた口からは怒声ではなく、弱々しい声がでてしまう。
 それでも骸は一向に止める気配を見せない。薄ら笑いを浮かべて雲雀の反応を楽しんでいるようにも見えた。
「……や、だっ!」
 勢い良く骸の手を振り払った。その直前、するりと薬指に何かが。壁側に向いていると、暗くて良く見えない。もう一方の手で薬指にはまっている何かをなぞってみる。ただ分かるのは、冷たくて艶やかだという事。これはもしかして……、恥ずかしい予想が頭を過る。
 仰向けに体勢を変え、手を真上に伸ばしてみる。カーテンから漏れる淡い光を反射し、薬指にはまっているそれは眩い光を放った。
「何これ?」
「女性用なんですけど、細い恭弥の指にはぴったりですね」

 予想通り、それは指輪だった。シンプルなデザインが施してある。外してよく見ると、小さな宝石が埋め込まれていた。

「……ふぅん」
 またそれを左手の薬指に戻す。
「付けてくれるんですね」
 空いている雲雀の右手を骸が指を絡めて握る。骸の薬指にも、同じ指輪が光っていた。
 ペアリングか。骸らしい。
「今日は僕の誕生日だからね」
 楽しげに笑うと、雲雀は骸の真似をして指輪のついた手で骸の右手を握った。
 骸はそれに便乗してか、雲雀の手をベッドに押し付け、端から見れば押し倒しているよな体勢になった。
「くれるなら貰ってあげる」
「じゃあ僕を差し上げましょうか」
 右手を離し、骸の後頭部を引き寄せる。
 誘われるがままに唇に一つ、キスを落とすと、骸は雲雀の手を握り、
「Happy birthday、恭弥」
 と、一言。

 倦怠感なんて、骸といれば気付かない内にどこかへ行ってしまう。好きだなんて、まだ当分は言えそうにないが、その変わりに態度で示してやろうか。
 考えては裏腹に、素直に笑えば、骸は優しく微笑んだ。
 きっと全部、骸は分かってる。それを雲雀も分かっている。お互い理解し合えるのは、たった一人なのだから。
「来年も貰ってあげるよ」

 積もるのは、歳と時と、それから愛。
 我が儘なシンデレラには、溢れんばかりの愛と祝福を。
 溢れた分は、また二人で集めればいい。

end.

2009年の雲雀くんハッピーバースディ祝いに書きました。
骸さんって神出鬼没そうですよね。